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山中御殿(さんちゅうごてん)



大手門を上がったところに3000平方メートル余りの平地があり、ここは城内の重要な場所でした。
山中(さんちゅう)御殿といわれた建物のあったところで、平地と石垣の上下2段に分かれた構造をしています。




現在の石垣の内側に古い石垣が発見されており、何度か改修を行って現在の姿になりました。
石垣の組み方や虎口の形状から、現在の石垣は近代の城に近いものと推測されています。

 月山富田城
月山富田城
尼子氏歴代が本城とし山陰・山陽制覇の拠点とした、難攻不落の城。
千畳平(せんじょうひら)
城下町から見上げることのできる位置にある巨大な石垣。
太鼓壇(たいこのだん)
尼子時代、太鼓を打ち鳴らし合図を送る場所であったと言われています。
の壇
当時の侍所で、掘立柱建物等の施設跡が残っており一部が復元・建設されました。
山中御殿(さんちゅうごてん)
大手門を上がったところの大きな平地で、城内の重要な場所でした。
七曲り
山中御殿から山頂への大変険しい軍用道。
勝日高守(かつひたかもり)神社
月山に築城するため現在の富田八幡宮を里宮としました。
月山富田城の歴代城主に大変信仰されていました。
山中鹿介幸盛記念碑
月山富田城本丸跡に鹿介を偲び明治期に建立されました。