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勝日高守(かつひたかもり)神社






勝日神社は古事記にその記載があり、当地で大國主命が思案していると、海中に光が現われ、国土経営を助けたと言われ、山頂に大國主命の幸魂神(さきたま,さちみたま,さきみたま)を山麓に大己貴命(おおなむちのみこと)を祀ったとされています。

平家の武将藤原景清が出雲に入り月山に築城するにあたって、お社があっては恐れ多いと里宮をうつしたのが富田八幡宮です。

その際に白羽の矢を放ち、中った場所を里宮の場所と定めた「矢中松(やたてまつ)の伝説」が残っています。
現在、山頂の勝日高守神社は里宮に対して奥宮です。

月山富田城の歴代城主の信仰が厚く、特に尼子氏はたいへん熱心でした。

 月山富田城
月山富田城
尼子氏歴代が本城とし山陰・山陽制覇の拠点とした、難攻不落の城。
千畳平(せんじょうひら)
城下町から見上げることのできる位置にある巨大な石垣。
太鼓壇(たいこのだん)
尼子時代、太鼓を打ち鳴らし合図を送る場所であったと言われています。
の壇
当時の侍所で、掘立柱建物等の施設跡が残っており一部が復元・建設されました。
山中御殿(さんちゅうごてん)
大手門を上がったところの大きな平地で、城内の重要な場所でした。
七曲り
山中御殿から山頂への大変険しい軍用道。
勝日高守(かつひたかもり)神社
月山に築城するため現在の富田八幡宮を里宮としました。
月山富田城の歴代城主に大変信仰されていました。
山中鹿介幸盛記念碑
月山富田城本丸跡に鹿介を偲び明治期に建立されました。